ゴルフはやったことがないが、水泳は大好き。そのどちらも形がある。無いのを「形無し」と言う。形とか型と書くが、形無しスイングからはゴルフボールは池に落ちる。平泳ぎか犬かきかもわからない形なし泳法では前に進まない▶その反対は「型破り」で、伝統、習慣として決まった形式でこれを破った人をほめことばとして使われる。この人の場合は形をもっていてそれを超えた人のことで基本がちゃんとなっているので、このような人との親交は面白いし楽しい▶形無しの人というのは、一定の基準のない人であって自由の何であるかを知らない奔放だ。世にあって害であり迷惑をかける。TVのワイドショーや新聞紙上をにぎわしている事件の張本人は「形無し」というほかない▶私の自慢する形がある。それは食膳のお祈りである。日に三度短い感謝をささげる。23歳のときからもう50年近く続けている形だ。日本人なら、手を合わせて『いただきます』だが、クリスチャンはエキストラのことばを追加する。食材、料理に関わった人々への感謝、健康が保てるようにとの願いを神さまに捧げる。この形は破りたくない。

著者紹介

畠田 秀生
畠田 秀生

聖書と日本フォーラム会長。聖書日本キリスト教会・登茂山の家の教会牧師。三重県志摩市在住。