対応策である「思考の枠組み」をパラダイムという。元来は文法の「語形変化表」「分析のための範例」である。キリスト教に関して大東亜戦争の敗戦以後、日本人は一つの枠組みの中でのみの宣教をしてきた。絶対神に対する信仰を旗印に、異教の文化をタブー視して、西洋に習えとする気風、それは西洋諸国に根づく西洋文化を形成したキリスト教が聖書の語る宗教であると▶私個人の信仰は、西洋で生まれた。その中でどっぷりと浸されたがゆえに、日本人ではあるが日本を忘れること、イコール信仰深さであると思い込んだ。ゆえに西洋文化色のサングラスをかけていることさえ気づかなかった。日本人が営々と築いてきた日本国家風、国体というべきものは、異教と偶像礼拝に色づけられているので救わねばならぬ、である▶日本文化の聖書的であることに目覚めるパラダイムいわゆる「思考の枠組み」を変えようとするために、神風が吹くのを待つだけか▶大人1億人の0.1%の教会出席礼拝者が、日本を忘れてグローバル化の風に吹き飛ばされている。日本宣教の分野で、日本人が立つべきはガッツポーズするリンクではなく、礼する土俵であろう。

著者紹介

畠田 秀生
畠田 秀生

聖書と日本フォーラム会長。聖書日本キリスト教会・登茂山の家の教会牧師。三重県志摩市在住。