ドイツ語を流暢に話しているのを聞いている夢を見た。それも瞬間ではなく長い間話していた。私はドイツ語を全く話せず、読み書きもできない。なのになぜドイツ語が話されている夢を見ることができるのだろうか。脳みそがいつか聞いたことのあるドイツ語を記憶していて再生されたとしか考えられない。私としては全く記憶の範疇の中にはない。ある人が言った。生れてからすべて見たもの、聞いたことを脳みそは覚えていて記録されているものなんだ、と。それほど脳は素晴らしくできているのだろう。ただその数%しか用いていないという▶私はかつてニュージーランドに数回渡航したが、20代の若い時に5年近く滞在したことがあるので、英語を話せるし読み書きもできる。だから英語の夢は時おり見るし、英語で話す友人が夢にも出てくる。23才まで私は神なしの人生を送った。そして今まで50年の牧師生活であるのだが、神なしの時の心を映す夢を時おり見る。その後味の悪いことはなはだしい。それに引き換え神あり人生の信仰心あふれる思いと行動の夢を見たときの朝と一日ほど心地良さを感じるものはない。

著者紹介

畠田 秀生
畠田 秀生

聖書と日本フォーラム会長。聖書日本キリスト教会・登茂山の家の教会牧師。三重県志摩市在住。