「私の名前を載せたければ、天皇陛下のお名前を書くように」上海にいたユダヤ人難民一万八千人を保護した犬塚惟重海軍大佐が、イスラエルのエルサレムの丘にある「ゴールデンブック」に記載したいと打診された時の返答だった。十万人のユダヤ人を殺害したドイツのマイジンガー大佐が上海に派遣され、「ユダヤ人を引き渡せ!」を断固拒否し終戦まで守り続けたのは日本領事や軍人たちであった。それだけでなく満州国に入れてもらえず立ち往生していた二万人のユダヤ人を受け入れる決断をくだした樋口季一郎少将は「日本はドイツの属国にあらず!」と東条参謀長に進言した。「樋口君、君の主張は筋が通っている。」と東条の返答。▼同じくユダヤ人難民を救った杉原千畝の「命のビザ」の偉業は教科書に載るが軍人の名は載らない。戦後、軍人を褒めるのはタブーとなってしまったいきさつが司馬遼太郎のいう軍人の統師権にあったとしても、人が置かれている状況の下での一人ひとりのもつ信念の発揮に武士道の力を見る。日本人の底力が世界に凛としてあるとするなら世界を照らす太陽のように、二十一世紀の今、天の扉を開き世を照らす日の上る国の民族の立ち上がりを希求する。

著者紹介

畠田 秀生
畠田 秀生

聖書と日本フォーラム会長。聖書日本キリスト教会・登茂山の家の教会牧師。三重県志摩市在住。