自然が人格をもった生きものとして対話する人たちこそ新生した素質をもつ。 その人は対話体験のすがすがしさ、新鮮さ、美しさに浸るために山に登り、海に浴し、川に遊ぶ。風に揺れる木々と葉、咲き誇る花が、殺伐と並ぶビル群に圧倒された精神にいのちの息を吹き込む。これがため人は窓ぎわの一輪の花に語りかける。「おはよう。今日もよろしく。」▼六月の朝、アジサイが緑の大きな葉の間から雨にうたれ、淡い色から語りかける。「私は雨によって光る。あなたは打たれても強くあってください。」凛とそびえたつ貝塚伊吹は、春夏秋冬緑を保ち葉は炎のように伸びながら、日本の源流からの伝統はいかなるものぞ、と問う。しき嶋の大和心を人とはば朝日ににほふ山ざくら花▼山伏が兜巾を忘れて剣山難路を「六根清浄」と叫ぶであろうか。肉体訓練、修行が自然との対話を可能にすると信じる日本人は、天まで届く弓矢で、神々の懐に入ろうと試みる▼自然を愛でつつ、肉体を自然に同化させ、新生の美と内実を得たか。憎悪を愛に、悲しみを喜びに、妬みを消せたか。むさぼりから贈の花を咲かせたか。否なり!兜巾を忘れた山伏よ。自然を造られた人格をもった三位一体の創造主を知る知識を額につけよ。

著者紹介

畠田 秀生
畠田 秀生

聖書と日本フォーラム会長。聖書日本キリスト教会・登茂山の家の教会牧師。三重県志摩市在住。